For their country 
―バターン州の戦跡をたずねて―

サマット山頂上の戦争資料館にあったクリスマスの飾り。この土地にもクリスマスはめぐってくる。


クリスマスイブから元旦まではバハイ・トゥルヤンで過ごして、1月2日からは4日間の振り替えクリスマス休暇。どう過ごそうか迷った末、一度は行っておこうと思っていたバターン州へ行くことにした。


今回の旅の目的は、戦跡をたどること。
第二次世界大戦中の日本人の戦没者数は、約240万人。そのうちの5分の1がフィリピンで亡くなっているといわれている。


当時アメリカの支配下にあったフィリピンには、広範囲に及び日本人が侵略した。マニラから100㎞ほどのところにあるバターン州は、そのなかでも激戦地として知られ、日本が世界から非難を集めた「バターン死の行進」が起きたところだ。

バガックからサン・フェルナンドまでハイウェイに1㎞ごとに立っている「死の行進」の道しるべ


1941年4月、バターン半島での激戦の後、日本軍はアメリカ、フィリピン連合軍を降参させた。日本軍は、バターンにいる連合軍の兵士を3万人程度と予想していたが、実際に降伏してきた兵士の数は、その倍以上だったという。避難民のフィリピン人もまじり、日本軍は総勢約10万2000人もの身柄を負うこととなった。輸送機関は破壊されていたため、捕虜を収容所まで移すのに、やむを得ず列車のある町まで60㎞~120㎞の距離を歩かせた。だれもが疲れ切っていた体で、ごくわずかな食糧しかとることができずに炎天下を歩き、約3万人もの死者が出たといわれている。


その「死の行進」のルートをジプニーで移動すると、ハイウェイ沿いに小さな集落がぽつぽつある以外は、人の手の入っていない自然が広がっている。この景色は戦時中とあまり変わっていないのではないだろうか。ちょうど空には黒い雲が立ち込め、正直怖い気がした。

旅のメインはサマット山。この山の頂上には戦没者を悼む十字架が立っている。
ふもとまでジプニーを下り、停車していたトライシケル(自動三輪車)のドライバーに往復の送り迎えをお願いして頂上に戻った。

サマット山頂上からバターン州を臨む


頂上の戦争資料館に入る。先客でフィリピン人の家族連れがいた。彼らは日本人が入ってきたことに気づいていないようだったが、「ジャパニーズ、ジャパニーズ」と会話の端に言っているのが聞こえた。何か日本がやったことに対する批判だろうか? ドキッとして、そっと視線を送る。どうやら戦時中に日本の軍事政府がフィリピンで発行していた紙幣を見て、「日本の通貨単位は何だったっけ?」と話しているようだった。


ここに来るまでの途中、何人かのフィリピン人に自分が日本人であることを告げたが、嫌な顔をする人はいなかった。むしろよく来たという反応だった。
資料館の展示でも、日本軍の残虐行為をあえて強調するような記述はない。意外なことに日本軍兵士の軍服や鉄かぶとなどの遺品があった。日本人を写した写真も多い。マニラの路上で息絶えた日本人。また、軍事訓練をする少女たち、顔にあどけなさの残る神風特攻隊員の写真など、日本で撮影されたであろう写真も展示されている。
こうした展示を見ると、むしろ敵国であった日本への同情もわくのではないだろうか。そう思うのは、私が日本人だからか。


展示の解説によると、1943年ごろのフィリピンは、同盟国であるアメリカからの物資の供給が不足状態にあった。そのなかで、日本軍がフィリピン人に薬や食料を配ったり、仕事を与えたりしたこともあり、フィリピン人のリーダーのなかには、日本軍を歓迎する人もいたという。これはしたたかな戦略の一部だったかもしれない。それでも、日本人としては少し心が軽くなる。


展示されている写真は、アメリカ人ないし日本人が主体となったものが多くを占め、フィリピン人をクローズアップしたものは少ない。おそらくアメリカや日本の記録写真から集めてきた展示だろうから、当然といえば当然かもしれない。そんなところでも、この戦争はフィリピン人が自ら進んだものではなく、日米の軋轢に否応なしに巻き込まれたものだったと感じる。


サマット山の中腹には、二つのお地蔵さまが立っていた。
一つは、日本で見るのと同じ姿のお地蔵さま。もう一つは、子どもを抱き、首から十字架をかけた女性のお地蔵さま。女性のお地蔵さまの前には、「鎮魂」の文字とその下に英語で、
「dedicate to solder who died for their country」というメッセージがあった。
これを寄贈したのはだれだろう? フィリピン、アメリカ、日本人?
それがだれであっても、三つの国を含めてのtheir countryなのだろう。
三つの国の犠牲者のことを思い、手を合わせた。

3 Responses to “For their country 
―バターン州の戦跡をたずねて―”

  • 鈴木廣道(スズキ ヒロミチ):

    初めまして.
    私は既にリタイアしている若気の初老人?です.
    「For their country―バターン州の戦跡をたずねて―」を閲覧し、早速コメントしてみようと思った次第です.
    実は私は4月9日に向けて、「バターン死の行進」にまつわることで、マリベレス・バランガ・サマット・サンフェルナンド・オドンネルへの訪問を計画しています.
    そこで昨年11月頃よりネットで検索しているのですが,戦争当時に関することは数多くあるのですが,現代に於ける当地方への旅についての情報は余りありません.そのような中に本ブログ「Child to Chaild」が目に留まりました.
    そこで不躾ではありますが,早速次のような質問をさせて頂きます.
    1.何名で行かれたのでしょうか,お一人でしょうか?
    2.「「死の行進」のルートをジプニーで移動すると、・・・」とありましたが、マリベレスへは行かれたのでしょうか?
    3.サマット山登頂のことで「ふもとまでジプニーを下り、停車していたトライシケル(自動三輪車)のドライバーに往復の送り迎えをお願いして頂上に戻った。」と記していますが、今一具体的な方法が分かれば有り難いのですが.
    4.全体に更なる詳細をお知らせ頂ければ幸いです.
    私の計画の本命は4月9〜10日に掛けて,現時点では一人で、マリベレスからバランガまで徒歩行をしてみようということです.詳細は本コメントのご返事次第とさせて頂きます.ご返事の程宜しくお願い申し上げます.
              鈴木廣道

    • admin:

      コメントありがとうございます。
      バターン州には一人で行ってきました。
      おっしゃるとおりネットの情報は少なくて、行き当たりばったりの少々不安な旅だったので、
      ほかの方にも参考になればと、こちらにお返事させていただきます。

      私がジプニーでたどった「死の行進」のルートは、バガックーサン・フェルナンド間で、マリベレスのほうには時間がなく行かれませんでした。
      マニラのクバオという町からジェネシストランスポート(1時間に2本くらい出ています。)
      というバスに乗って1時間半くらいでバランガのターミナルに着きます。
      このターミナルからマリベレス行きのバスも出ています。

      サマット山にいく場合には、同じターミナルからバラッグ行きのジプニー、もしくはモロング行きのバスに乗り、Diwaで降ります。
      Diwaは数軒の商店があるだけで、ほかは何もないところです。
      そこにトライシケルが数台止まっていました。

      頂上までタクシーを使うと書いていある本やブログもありましたが、
      バターンには、流しのタクシーは走っていませんでした。
      Diwaに降りる人は、サマット山に行くものとトライシケルのドライバーは心得ているようで、
      頂上まで「~ペソで行くよ」と値段を言ってきます。
      そこで往復でいくらかを値段を交渉します。
      お金は後払いで、見学している間もちゃんと待っててくれます。
      でも、私は往復200ペソ、とお願いしたつもりでしたが、
      あとで、往復なら400ペソだといわれたので、しっかり確認しておいたほうがいいです。

      もしも、Diwaでトライシケルが出はらっていると、ほかの交通手段はないのですが、
      4月9日ごろに行くのでしたら、いちばん観光客の多いときですので、
      その分待機しているトライシケルも多いのではないでしょうか。

      マリベレスは行かれなかったのでわかりませんが、
      バターン州はバランガの一部をのぞくと、
      すぐに食事をとったり買い物できる場所ではなく、交通も不便です。
      歩いて旅をされるということでしたら、ぜひ無理のないスケジュールで
      事前に宿の予約や、食料、けがをしたときの対応など、念には念を入れて準備をされたほうがいいと思います。

      ちょうど4月9日ごろに、同じような徒歩の旅を企画している旅行会社もあると
      「地球の歩き方」に書いてありました。どこの会社かわかりませんが、
      もし、どうしてもお一人でということでなければ、ツアーを探して参加するのが楽ではあるかもしれません。

      参考になりましたら、幸いです。
      今思い返すと、無謀な旅でしたが、本当に行ってよかったです。
      意義の深い旅になりますように!

  • 鈴木廣道(スズキ ヒロミチ):

    adomin様へ

    大変有意義なアドバイスに心より感謝申し上げます.

    サマット山登頂に関する情報は具体的で大変分かり安く、今から現地での体験を楽しみにしています.
    マリベレスについては依然として、特に市内にホテルがあるのか否かさえ把握出来ておりません.
    かなりの月日を掛けてネットなどでチェックをしたのですが,バガックーバランガーサンフェルナンド方面行きの情報は、徒歩行を含めかなり収集出来ましたが,ことマリベレスーバランガ・コースとなると、バス又は自家用車などによるコース巡りはあるのですが、徒歩行についての情報は現在まで皆無です。その一因にマリベレス市内には、ホテルはないことにあるのではないかと思っています.どの旅行社に尋ねても、マリベレスに於けるホテルはと言えばビーチリゾートホテルばかりです.
    4月炎暑が予想される中、果たしてマリベレスからバランガまで徒歩行は可能か否かは、現時点では現地へ行って確認するのみと思っています.約43kmの道程、実際に現地で受ける体感は想像だにできませんが、せめて当時の状況に少しでも触れることが出来ればと考えてはおります.
    但し単独行動には、かなりのリスクが伴うことを考慮しなければならないでしょう.

    多用多くつい返答が遅れましたことを、心よりお詫び申し上げます.

    鈴木廣道

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プロフィール

野口和恵

フリー編集者・ライター。児童書編集にたずさわるかたわら、国内外の子どもを取り巻く問題について取材。

著書に「日本とフィリピンを生きる子どもたちージャパニーズ・フィリピノ・チルドレン」(あけび書房)がある。


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