被災地に生きるフィリピン人コミュニティの底力1



前回のブログに書いた、相馬市訪問の翌日、福島市の街なかひろばを訪ねた。福島で暮らすフィリピン人女性たちの自助グループ「HAWAK KAMAY FUKUSHIMA(ハワク・カマイ・フクシマ)」の、イベントがあったためだ。


法務省の統計では、2011年3月時点で、福島に暮らしていた外国人は1万758人。また、福島県国際交流協会の調査によると、原発から30㎞圏内に在住していた外国人が3170人いた。そのうちの7割が女性だ。


実際に彼女たちがどのような体験をしていたのか、その証言が「外国出身住民にとっての東日本大震災・原発事故 FIAの記録」にまとめられている。
http://www.worldvillage.org/jishin/report_pdf/houkoku_all.pdf


それによると、調査対象となった100人のうち、半数以上が日本に10年以上滞在していた人で、ふだん日本語を使って生活している人が大半だったが、平常時に使われることの少ない災害用語は、あまり浸透していなかったことがわかる。たとえば、「避難」という言葉を知っていた人は6割程度。また、「原発事故」、「放射線」という日本語を知っていた人は、4割程度にとどまった。


彼女たちの多くは、日本人の家族や近隣の人を介して、避難情報を得た。また、スマホやパソコンを使える環境にあった人にとっては、母国のメディアも一つの情報源であった。しかし、海外のメディアで流れる映像は生々しく、原発事故の影響についても、日本のメディアよりずっと深刻なものとして伝えていた。「何が正しいのか? 日本政府は本当のことを隠しているのではないか」。ごく普通の日本人でさえ、猜疑心を抱いていたときだ。そんな情報を聞いて、なおさら不安になったにちがいない。


海外の国々は、被災した自国民に相次いで退避勧告を出した。母国の親族たちも帰国を強くすすめた。津波や原発事故のために、帰る家を失った人は、自分がほかの家族の足手まといになるのではないかとも考えた。調査対象者のうち4割の人が母国に一時帰国した。


しかし、経済的事情もあっただろうが、こんなときだからこそ日本の家族や地域の人と助け合うべきだと、あえて日本に残ることを決断した人のほうが多かった。また、帰国した人も大半が、日本にいる家族のことや子どもの教育のことを考え、短期間で福島に帰ってきた。母国の親族から「日本に帰ったら死ぬよ」と、泣きながら反対されたのを押し切って帰ってきた人もいる。母国で寄付を集めてきたという人もいる。


出身国や国籍はちがっても、彼女たちは震災後の日本を、福島を生きていく場所として選んだ。そして、未曾有の災害、事故に翻弄されながらも、しだいに避難所でのボランティアなど、支援者としても行動を起こすようになっていった。


ハワク・カマイ・フクシマは、震災から約1か月後の4月17日、タガログ語での情報提供、被災者支援を目的として、結成された。「ハワク・カマイ」はタガログ語で「手をつなごう」という意味だ。


メンバーの中心は、30代から40代の女性。仕事と子育てに忙しい世代だが、その合間を縫っては、避難所、仮設住宅を訪問し、フィリピン料理を振る舞ったり歌や踊りを披露したりして、ほかの被災者たちを励ましてきた。


ハワク・カマイ・フクシマを立ち上げた女性は、こう話す。「震災の前まで、外国人と日本人は、どこか差があるように感じていました。でも、震災のあとは、みんなひとつ。同じになったような気がします。私の人生のなかでは、もうフィリピンよりも福島での生活のほうが長いんです。第二の故郷です」。


私が訪ねた5月18日は、「MOVE FORWARD ハワク・カマイ」という復興イベントを行った。ハワク・カマイ・フクシマの呼びかけで、福島市周辺のいくつかの国際交流団体がブースを出し、各国の料理を販売した。特設ステージでは、歌と踊りのパフォーマンスや、豪華景品があたる、だるまさんころんだ大会も行われた。


朝の会場設営のときに、ハワク・カマイ・フクシマのメンバーが、テントの配色にも気を配って配置するのを見て、別団体で出店していた男性は「フィリピンの女の子は、真面目で仕事が細かいね」と感心していた。


ハワク・カマイ・フクシマのブースでは、ルンピャンシャンハイ(フィリピン風春巻き)、ルーガウ(フィリピン風おかゆ)などを販売。売り上げは、今後、仮設住宅や福祉設訪問の際の資金にするという。 



「ちょっとこれ、春巻きを揚げるには、鍋が小さすぎるんじゃないの?」「ほら、まだ温度が低いのよ」。メンバーの母親くらいの年齢の日本人女性がブースに来て、世話を焼いた。彼女たちと同じ職場で働いている方だという。娘のようなメンバーたちを、ちょっと心配気に見守りつつ、「誰に対しても親切で気持ちのいい子たち」と話す。


メンバーの一人は、こう語る。
「いつ自分の家に帰れるのかもわからなくて、悲しい思いをしている人、仮設住宅で暮らして、ストレスを抱えているお年寄りのことがとても気にかかります。私たちの活動はボランティアです。でも喜んでもらえると、とても気持ちがよくて、多くのものをもらっているような気がします」


祖国をはなれ、慣れない土地で暮らしてきた外国人女性だからこそ、むしろ日本人よりも、わかること、できる活動があるのかもしれない。


I love you & I need you ふくしま byハワク・カマイ・フクシマ

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プロフィール

野口和恵

フリー編集者・ライター。児童書編集にたずさわるかたわら、国内外の子どもを取り巻く問題について取材。

著書に「日本とフィリピンを生きる子どもたちージャパニーズ・フィリピノ・チルドレン」(あけび書房)がある。


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