「ジャパニーズ・フィリピノとして生きる私の人生」エッセイコンテストより


私のフィリピン滞在中よりお世話になっているJFCネットワークが、今年、設立から20周年を迎えます。


JFCは「ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン」の略称です。日本人とフィリピン人の親を持つ子どもを総称しますが、日本人の父親でフィリピン人の母親を持つJFCが大半となっています。


1980年代から、多くのフィリピン人女性が興業ビザを取得し、日本に働きに来きました。また、観光や仕事でフィリピンを訪ねる日本人男性も増え、日比のカップルが成立するようになったのです。そのまま、幸せな家庭を築いたカップルもいる一方で、子どもの妊娠、出産後、日本人の父との連絡が途絶え、母子だけが取り残されてしまったケースが少なくありません。


JFCネットワークは、1994年に設立され、以来20年間、父親に養育放棄されたJFCたちの人権を守るための活動、父親さがしをおこなっています。


日本人の父親に養育放棄されたJFCについて、1990年代には、テレビなどのメディアに取り上げられることもありました。その多くは、どちらかといえば、母であるフィリピン人女性と父である日本人男性の関係がクローズアップされたものでした。そうした報道を見て、弱い立場に置かれたフィリピン人の母親や父親不在で育つJFCの存在に心を痛める人もいる半面、あくまで男女間のプライベートな問題として、とらえられることも多かったようです。


それでも、JFCたちは親を選ばずに生まれ、生きてきました。


JFCネットワーク設立当時、生まれたばかりだった子どもは、二十歳の成人を迎えています。(ちなみにフィリピンでは、18歳から成人です)


もともとJFCネットワークに相談を持ちかけるのは母親で、内容は養育費に関する相談が中心でしたが、ここ数年は、JFC自身からの相談が増えています。フィリピンにいるJFCからの相談もあれば、日本で生まれ育った、またはフィリピンから日本にきたJFCからの相談もあります。置かれている状況はさまざまですが、相談内容はみな「父親をさがしてほしい」「父親に会いたい」というものです。


そこでJFCネットワークは、今年、設立20周年を記念して、「JFCとして生きる私の人生」と題したエッセイコンテストを行いました。


フィリピンの学校では、日本の学校のようにひんぱんに作文を書く機会がなく、どれほどの作品が集まるか未知数であったため、事前にマニラ、ダバオ、東京の3都市で、JFCネットワークと関わりのあるJFCに呼びかけ、エッセイを書くためのワークショップを行いました。私もマニラと東京でワークショップの一部を担当させていただき、新たに多くのJFCと出会いました。


家族、日本という国。大半の日本人は、生まれたときから当たり前のように、その一員として育つのではないでしょうか。家族も国も、子どものアイデンティティを形成する上で不可欠なものです。国連で採択され世界194か国が締約国となっている「子どもの権利条約」に家族、国に関する条項が盛り込まれているのも、そのためです。


にもかかわらず、父親を知らないJFCたちは、「自分はどこから来たのか?」「自分はフィリピン人なのか?日本人なのか?」という問いを抱えてきました。また、父親との関係が切れたことから、母親が精神のバランスを崩してしまった、母親が家計を支えるためにフィリピンから海外に出稼ぎに出ていった、という経験を涙ながらに話すJFCもいました。


けれども同時に、集まったJFCのほとんどが、父親のことを恨んではいない、会いたいと話しました。また、フィリピンのJFCたちは、自分も勤勉な日本人の血をひいているという意識からか、学業や仕事でよい成績を残している人が多くいます。「お父さんに会ったときに、自分のことを誇りに思ってほしいからがんばる」と話す子もいました。


エッセイコンテストには、5月末の〆切までに、計31通の応募がありました。応募作品の一部をいくつか引用させていただきます。


「私たちの家族に何があっても、家族は家族。これはフィリピン人として学んだことです。私が願っているのは、将来、家族そろって生活すること、そして幸せになること、それがすべてなのです」(24歳 女性 フィリピン在住)


「大学を卒業したあと、観光産業で仕事をするのを楽しみにしていましたが、『日のいずる国 日本』を見てみたいという自分がいることに気づきました。パパに会いたいという気持ちもありました。私は彼に会い、抱きしめたかったのです。初めて、日本に着陸したとき、そこにいた人々は、細い目をしていて、まるで私みたいだと思いました。」
(22歳 男性 日本在住)


「何かが足りないからといって、すぐれた人物にはなれないということはありません。私のようなジャパニーズ・フィリピノは、ただ乗り越えようとする意思と、そして母親からの適切な支え、仲間からの励ましが必要なのです。私たちを追いつめるような人々には、耳をふさぐことです。そして、幸福と満足を力に変えること、それが、成功につながる公式です。」(21歳 女性 フィリピン在住)


「日本もフィリピンも、父親も母親も、そして僕の生きてきたこれまでの時間も「僕」という存在からは断ち切ることができません。しかし、それらはあくまでも自分を構成する一部分でしかないのです。時として、それらから制約を受け、順調にいかないこともあるでしょう。それでも僕たちは、自分の可能性を信じて生きていくことができると信じています」 (21歳 男性 日本在住)


同じJFCでも、これまでたどってきた道のりは人それぞれですし、そのだれもがエッセイを書いたJFCのように自分の言葉や強い意思を持っているわけではありません。自分の置かれた状況に苦しみ、どう歩き出したらいいのか迷っている人もいます。それが、むしろ、ごく自然なのかもしれません。


けれども、今回、生まれながらに負った苦難を飲みこみ、たくましく生き抜こうとするJFCたちに出会えたことをとても心強く思います。彼らがこれから成長していくJFCたちの希望になるのではないか、という期待を抱きました。


そして既存の家族、国という枠の外で、生きざるを得なかった彼らの洞察からは、本当の家族とはなにか、国とはなにか、立ち止まって考えるヒントがあるように私は感じるのです。


エッセイコンテスト入賞者、入賞作品の全文は、2014年10月13日に東京、新宿区NPO協同推進センターで開かれるJFCネットワーク設立20周年イベントで発表します。こちらのイベントでは、JFCの若者を追ったドキュメンタリービデオ上映のほか、日本在住のJFCたちによるパネルディスカッションも行います。ランチタイムには、本場のフィリピン料理もふるまわれます。


参加申し込みは、下記モーションギャラリーのサイトで

https://motion-gallery.net/projects/jfc_network

チケットをご購入いただくか、もしくはJFCネットワーク事務局までメールjfcnet@jca.apc.orgでご連絡ください。多くの方のご来場をお待ちしています。

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プロフィール

野口和恵

フリー編集者・ライター。児童書編集にたずさわるかたわら、国内外の子どもを取り巻く問題について取材。

著書に「日本とフィリピンを生きる子どもたちージャパニーズ・フィリピノ・チルドレン」(あけび書房)がある。


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