映画紹介「まなぶ―通信制中学60年の空白を超えて」



「月明りの下で―ある定時制高校の記憶」の監督である太田直子さんの新作が完成した。


太田さんと出会ったのは7年前。在日フィリピン人女性を支援する太田さんの活動を知り、
自宅の隣駅にある団体の活動拠点をたずねた。話していくうちに、テレビで見て、強く記憶に残っていた定時制高校のドキュメンタリーを撮った方でもあると知って驚いた。その後も、太田さんとはいろんな場面で活動範囲が重なるところがあり、そのエネルギッシュな活躍をいつも頼もしく見ている。


さて、新作。「まなぶ―通信制中学60年の空白を超えて」


この映画の舞台である通信制中学は戦後の混乱期に義務教育を受けることができなかった人の学びなおしの場として、昭和23年に全国の中学や高校のなかに設置された学校だ。時代の移り変わりとともに数はへり、今は大阪府天王寺市立天王寺中学校と今回の映画に登場する、神田一橋中学校のみになっている。このうち、全教科を履修でき卒業証書を出しているのは神田一橋中学校ただ一つだ。


現在学んでいるのは、70代に入り人生の終盤を迎えた人々。少年少女時代に奉公に出されるなどして、教育の機会を失ってしまったのだ。
どの人も学校を離れてから60年間、それぞれ必死で生きてきた。ひたすら働き、家庭を築き、子どもを育て上げてきた。長い人生経験を重ねた人たちが、今どんな気持ちで中学校の勉強に取り組むのか。はじめは想像がつかなかった。


教育の機会に恵まれなくても、戦後の混乱期をくぐりぬけてきた70代の生徒は、生きる知恵や力を十分に持っているにちがいない。それなのになぜ人生の終盤に差しかかった今、わざわざ中学に通い、娘や息子のような先生から学ぶのだろうか。そんな疑問を持った。


けれども映し出される生徒たちの表情は驚きと喜び、生気に満ちている。見ているこちらまでわくわくして「学ぶってとってもおもしろいことかもしれない」と理屈抜きに思えてくるのだ。言葉を知ることで広がる世界。人生のなかで体験したこと、知りえたことと、教科書の記述がつながったときの興奮。


同時に自分の子ども時代をはたとふりかえり、こんな表情で授業を受けていたのは、いつまでだっただろうかと思う。学年が上がるにつれて学ぶことは評価のためであり、世渡りのツールとして、とらえるようになっていた。高校のころになると、勉強は「周りに置いて行かれないように、しなければならないもの」であった。


けれども、老齢の生徒は学びたいという一心であり、教師たちはそんな生徒に敬意を持ち、ときに生徒の経験から教わりながら授業をしているのが伝わってきた。


ある生徒は無邪気な子どものような笑みを浮かべていう。
「学ぶことは楽しいですよ。知らないことだらけですもん。知らないことだらけってことに今まで気づかずにきたんですよ。70すぎまで。」


「学びたい」という欲求はもともと人間の本能なのではないか。そのことをこの映画から発見した。


卒業式の日、男性の生徒が何度も何度も書き直した答辞を読みあげる。学校に通わせてもらえなかった子ども時代から、通信制中学に出会い、卒業するまでのこと。武骨だが、男性の体の芯から出るまっすぐな言葉が胸を打つ。


新宿K’s cinemaにて3/25日から公開予定

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プロフィール

野口和恵

フリー編集者・ライター。児童書編集にたずさわるかたわら、国内外の子どもを取り巻く問題について取材。

著書に「日本とフィリピンを生きる子どもたちージャパニーズ・フィリピノ・チルドレン」(あけび書房)がある。


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