Archive for 4月 23rd, 2018

コロンビアのアフリカ系コミュニティを訪ねて③


トゥマコの中心地からビエント・リブレ地区と反対側へ車で10分ほど進むと広大な海軍の基地が広がる。兵士からパスポートチェックを受けてさらに進んだ先にヌエボ・ミレニオ地区はあった。この地区ではAfro MiTuと呼ばれる若者のHipHopグループが活動している。


トゥマコ訪問の数日前、このグループが『Decimos no a la violencia(私たちは暴力にNoと言う)』という曲を歌っている映像がYouTubeに上がっているのを柴田が見つけた。トゥマコでこうした主張をかかげることはとてつもなく勇気のいることであり、こうした若者たちが出てくることはこれまで考えにくいことだったという。


ソーシャルワーカーのドラさんにAfro MiTuについてたずねたところ、彼らの活動はよく知っているらしかった。ドラさんはさっそくヌエボ・ミレニオ地区の教会のスタッフに電話をしてくれ、その数時間後に私たちは現地を訪ねることになったのだ。
 


ドラさんが電話をかけた相手はドイツ出身のウリさんというシスターだった。指定された場所は色鮮やかな壁画が描かれた建物で、ウリさんはそこで幼児を対象とした教育活動をしていた。この日はクリスマスの行事があったようだ。私たちは20〜30人の幼児でいっぱいの部屋に通してもらい、簡単な自己紹介をした。めずらしいアジア人に子どもたちは興味津々で集まってきて、私もいろいろ話をしてみたかったが間もなく帰宅の時間となった。


子どもたちと入れちがいにAfro MiTuのメンバーがひとり、ふたりとやってきた。集まったメンバー6人のうち3人は大学生でふだんはトゥマコから遠く離れた大学の近くで暮らしているという。トゥマコから大学に進学するケースは非常に稀と聞いていたため驚いた。


Afro MiTuが結成されたのは2年前。きっかけは「ChocQuibTown」という、コロンビアで活動しているHipHopグループがヌエボ・ミレニオ地区を訪れ、ラップのワークショップをおこなったことだった。ChocQuibTownのメンバーもまた北部の太平洋側地域出身でアフリカ系コロンビア人であり、『De donde vengo yo(おれたちはどこから来た?)』というアイデンティティを問う曲を歌っている。そのワークショップに参加したメンバーたちは「銃ではなく言葉で戦うこと」に目覚め、活動を始めたという。歌詞はメンバー同士で話し合いながら考え、太平洋地域の音楽に特長的なマリンバなどの打楽器演奏を取り入れた曲をつくった。私たちが訪ねた当時、Afro MiTuは初のCDを出し、SNSでの告知も始めた直後だった。このタイミングでの日本人の訪問に、年齢よりもずっと落ち着いた雰囲気の若者たちも喜びを隠せないようすだった。


この地域で長く活動しAfro MiTuのことも支えてきたウリさんは、彼らの行動はこの地域の「希望」だと話す。彼らは音楽活動をするだけでなく、地域で清掃活動をしたり平和のデモ行進などを率いたりもする。大学でソーシャルワークを勉強している男性はゲリラグループと政府の和平合意について自分の考えを熱っぽく語った。


暴力、貧困、差別によってさまざまな可能性をふさがれた土地で生きていかねればならないとしたら、私はどうしているだろうか。ビエント・リブレ地区の女性たちはそんな理不尽さへの怒り、あきらめ、悲しみに耐えながら、日々を過ごしていた。Afro MiTuはそんなたくさんのトゥマコの住人たちの気持ちを代弁しているようだ。


この旅の間も、帰国してからもコロンビアでは市民活動家が殺されたというニュースが入ってきた。コロンビアの各地で平和と権利を求め非暴力で活動している人々がいるが、さまざまな理由からそれを邪魔に思っている者たちもいるという。遠い日本から無責任に期待をかけることはできないと思いつつも、ラップを通した若者たちの訴えが広がり、後に続く子どもたちへ道が拓かれることを願う。


※Afro Mituの音楽は下記のアドレスから視聴することができます。

https://youtu.be/OQYblVGmtJY

プロフィール

野口和恵

フリー編集者・ライター。児童書編集にたずさわるかたわら、国内外の子どもを取り巻く問題について取材。

著書に「日本とフィリピンを生きる子どもたちージャパニーズ・フィリピノ・チルドレン」(あけび書房)がある。


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